「新修墨場必携」上巻の附録に、市川米庵の著わした墨談巻三の落款の例示が掲載されています。この例示をいくつかお借りして、用例として揮毫いたしました。書作研究の一助となれば幸いです。
〇「新修墨場必携」附録より
落款は、いうまでもなく、「落成の款識(かんし)」で、書画の作品に筆者が自署し雅号等の印を押すものである。
米庵は墨場必携とは別に墨談を著わし、その巻三に「落款数字中ニ趣ヲ成スコトニテ、容易ニ下スヘキニアラス、古人モ落款局ヲ敗ルト云リ、最心ヲ用ヒシナリ、今人タヤスク心得、杜撰ニナスモノアリ、無知妄作ノ誹ヲ免カレス、云々」といい、落款についての古来の様式を例示略説しているので、参考までに抄録する。
☆単に「書す」と題した類
名をしるし、号をしるし、字(あざな)をしるす等各様あり、その他、年月日を書するにも各様ある。なお、「書す」という代りに「写す」又は「録す」と書く場合もある。
貞觀九年十月旦日、率更令歐陽詢書于白庶寺
(停雲館帖載心経)
歐陽詢は太宗の時に太子率更令となった。
これにちなんでその書体を率更体といった。
元豐三年瑞陽月八日、眉山蘇軾于淨因方丈書之
(墨池堂帖載画記)
眉山は出身地。瑞陽月は五月。
書于(場所)としてもよいが、その場合、書之の之は不要。
時ニ元豐八年四月十一日、臨川ノ王安石稽首敬書ス
(墨縁彙観載楞巖要旨)
臨川は出身地。楞巖を尊敬したので稽首敬書としるした。
紹聖丙戌莫春、與周仁熟試ミ賜茶ヲ書ス此ノ樂章ヲ、米元章
(米帖)
莫春は暮春すなわち晩春。これは自ら字を称した例。
崇寧元年夏六月溽暑、坐シテ海岱樓ニ書ス、米芾
(白雲居米帖)
溽暑はむしあついこと。書いた場所を示すのに于の字を冠する外、
坐の字も、建物である場合使われる一例。この外、在の字でもよい。
至正丁酉日短至後二日、梅道人呉鎮謹書
(宝絵録載米帖跋)
☆書いて人に贈ったり示したりする類
永和九年五月十三日、書ヲ與フ王敬仁ニ
(右軍東方朔画賛)
壬辰夏日書ス奮作元賓ノ一笑セラレヨ陳淳
(六集帖載草書七絶)
☆人からたのまれて書する場合
応需などと書くのは雅馴ではない。
中岳外史米芾爲ニ國詳老友ノ書ス
(小天馬賦)
松泉大兄嘱、鳴和
(真跡詩巻)
嘱は嘱書でもよく、雅嘱と敬語にしても可。